離婚から南半球 -水島 心-

先に離婚を口にしたのは私の方。でもそれは本当に別れたかったわけじゃなくて、相手にされたい気にかけて欲しいという気持ちからだった。2年目の結婚記念日の離婚話から南半球への海外逃亡に至るまでの激動の物語。

離婚から南半球|オーストラリア

マガジン発行履歴
水島 心自己紹介
ライター募集

水島 心の新着 エッセイ

08

2年後(最終回)

07

選択肢

06

言葉のトゲ

05

占い

04

友達

03

堂々巡り

02

ハッピーアニバーサリー

01

結婚記念日

 

更新日:2008/11/19

 

訪問者数:

 

創刊:2004/10/05

  デジタルたまごやトップ

第3回

堂々巡り


私の人生がぐらぐらと揺れ始めた。

このまま、穏やかな人生が何十年と続くものと信じて疑わなかった日々が突然途切れてしまったのだ。白紙に戻った人生設計。

どうしてこんなことになったんだろう。自由気ままに暮らしている独身の友人を羨ましく思うことはあっても、この平和や安定を本気で手放したいと思ったことはなかった。職場の男性に誘われて飲みに行くことはあっても、一線を超えることはなかった。いつも帰りの遅い夫に愚痴を言ったり、気晴らしに飲んで帰ることはあっても、それが離婚の原因になるとは思えない。今まで、夫が私にきつい言葉を発したことなどないし、叱ったり、ましてや暴力を振るったりしたことはない。

そうだ、なんの非もない夫に向かって、離婚を言い出したのは私だった。とんでもないことをしてしまったことに気付いた。でも、夫の決心は固かった。もしかして、私が離婚を言い出すように仕向けたのではないだろうか。まんまと彼の作戦にはまったのかもしれない。いや、そんなはずはない。私があんなことを言い出さなければ、今まで通りの生活で、そのうち子供もできて、幸せに暮らしていただろう。考えは堂々巡りで、答えはどこにもなかった。

そんな私とは対照的に、至って平静な夫の態度は、私を混乱させた。以前と変わらず、会社を出る時には電話を入れて、何事も無かったかのように同じベッドに入る。そして、あっという間に熟睡。

何を考えているのだろう、どうして…と例の堂々巡りが始まってしまう私は、大きなベッドの端っこで天井を眺めているうちに涙が溢れて、胸の痛みに耐えられなくなりソファーに移動し、思い切り泣いた。

夫は、私がベッドを抜け出したことに気付くと、風邪をひくからとベッドに戻ってこいと言いに来る。私が嫌がると、自分がソファーで寝るから、ベッドに行けと言う。

「そんな風に優しい言葉を掛けられるなら、どうしてやり直そうと言ってくれないの。」

「離婚したいのは俺のわがままだから。」

夫は、自分が完全に、一方的に悪いと言った。そして、何を聞いても、どんなに責めても、同じ答えが返ってくるようになった。

「全部俺が悪いんだ。おまえは何も悪くない。」

そう言われると、あとに続く言葉はなにも無くなる。

2日か3日に1回、私は大声で泣き、夫はティッシュを手渡しながら、辛抱強く泣き止むのを待つ日々が続いた。夫は、私が諦めて離婚するのを辛抱強く待っている。そして、彼はとても我慢強い。もう、どんなに駄々をこねても、どうにもならないのかもしれない、と諦めの気持ちが生まれ始めた。

2004.10.26

スポンサード リンク

離婚から南半球


 

気になるサイト

-フランス-

ブルゴーニュ通信局

-アセアン-

誰でもなれる国際人


お店で買うにはちと恥ずかしい

四柱推命による人生相談

小口輸入支援・販路ドットビズ


週刊マナー美人

常識ぽてち

女性のためのクルマ読本

週刊節税美人

知って得する労働法