離婚から南半球 -水島 心-

先に離婚を口にしたのは私の方。でもそれは本当に別れたかったわけじゃなくて、相手にされたい気にかけて欲しいという気持ちからだった。2年目の結婚記念日の離婚話から南半球への海外逃亡に至るまでの激動の物語。

離婚から南半球|オーストラリア

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更新日:2008/11/19

 

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第8回

2年後


お正月もクリスマスも、真夏の日差しの下では夏休みのように感じる。唯一お正月らしいといえば、日本の家族や友達から届くメールくらいのものだった。

オーストラリアに来たその日に出会い、一緒に泣いたり笑ったりして最初の1年を過ごした友達は、日本の雪の中で新しい年を迎えていた。「Happy New Year! 今年の抱負考えた?私は、自分に一日一善!」

それが抱負?と笑いながら、私も抱負を考えてみた。まず転職。いまはカジュアルジョブ、日本でいうところのアルバイトだ。それと、もう少し英語の勉強がしたい。パートタイムの学校に行くのもいい。そう考えて、この穏やかで平和な暮らしに感謝した。いつも話を聞いて、相談に乗って、愛してくれているパートナーにも。私がこの真っ青な空の下で暮らしていけるのは、彼のおかげ。あの頃は、こんな風に呑気に暮らしていけるなんて思ってもみなかった。

海外移住を決意してからも、不安や孤独で悩み続けた。オーストラリアに旅立つ日、前夫は、成田空港まで送ってくれて、どうしてもと言って見送りに来てくれた友達と二人で、出国ゲートに入っていく私が見えなくなるまで手を振っていた。それを見ていっそう心細くなって涙が出た。泣いている私を見て、元気付けようとした二人はもっと大きく手を振って、もっとニコニコ笑った。

空港で泣いていた私を心配した前夫は、毎日国際電話をかけてきて、毎日元気かと聞いた。住むところや仕事が決まって、友達もたくさんできた頃から電話は週に1回くらいになり、半年も経った頃には、月に1回になった。それでも、いつも私のことを気にかけていてくれることは伝わってきた。今になっても、結局のところ、どうして別れなければいけなかったのかは分からない。

そして、新しいパートナーがいることを伝えてからは、メールを送っても返信してこなくなった。安心しているのか、少しはがっかりしたのか、そんなことももう分からない。以前メールで、これからはお兄ちゃんだと思って何でも相談してこいと言っていたのは、どういう気持ちだったのか。

私は、彼がすっかり過去の人になってしまうことを少し寂しく思った。でも、私が彼と夫婦として過ごしたという事実は消えない。それは彼も同じこと。もう会うことも、話すこともなくても。私から開放された彼が、幸せになっていますように。今の私のように。

★今まで拙い文章を読んで下さった皆様、ありがとうございました。

2005.01.15

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