はたちこらむ -野原かりん-

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since2000.09.01

野原かりん「はたち」・・・が思うところを書いています。静かに見える火口湖も、その地中深くには熱いマグマが躍動しています。揺れては止まりまた揺れる・・胸の鼓動を感じ取ってください

キーワード:女性,人生,哲学,バイト,男性観,恋愛,悪知恵,学校生活,旅行,穏やか系

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野原かりん自己紹介

ライター募集

コラム

13 最終号
12 ショ−ト・ホ-ムスティ
11 失敗
10 高額な授業料
9 食べることが大好きな私
8 文化と歴史の十字路
7 知らない人と
6 誇り
5 節約生活
4 弱くなったお父さんとお母さん
3 やっと起きた私
2 お金の貯め方
1 シブイ男

第3回

やっと起きた私


今、私ははたちの女子大生。小中高時代といえば親や周りに言われるままに勉強ばっかりしてきた。

 周りの圧力とはこわいもんで、自分までもが「勉強したく」なってしまう。自分までもが親の認める「いい大学」に行きたくなってしまう。

 子供とは親を信頼するもので、いわゆる「親」は「私」の鏡像なのである。何も判断するものをもっていない無垢な子供は親の意見を信頼し、それが正しいと信じる。そのまま成長していくので、「子供は親に似る」のである。これに関しては「遺伝」ではすまされないのである。

 大学に入ってみて、生まれて初めて親元を離れてみて、私も大学生がよくしてそうなフラフラをしたが、何か足りなかった。しかし何が足りないのかもわからないのである。 完璧に「鏡像を信じすぎた」のだと思った。気づかない間に私の可能性を秘めた芽がつむぎとられていたのだと思った。私だけが気づかなかったのではない。だ-れも、誰も気づかなかったんだろうね。

 こんなに長い間気づかずに生きてきて、そして今やっと気づいた。気づいてからはとにかく自分のアンテナをはりめぐらせようと必死になった。でもあんなに大切な成長期に芽の出を抑えられていたんだから成長期を逃すとやはり芽の出方が不自然かもな。ようわからんけど。とにかく「眠っている私」を起こそうと必死になった。まず始めに周りが見たくなった。周りを見ることで自分の位置を知ることから始めようと思った。周りを見ることで人間は自分だけではないことや、世界は日本だけではないことを知ろうと思った。

私は、今ようやく起きたように思う。やっと自分の足で歩けるようになった気がする。

私は大学に入るために勉強をした。先ほど言ったように「圧力」からか「自分の意志」からかは今でもわからない。これはいわゆる「自分を見失う」ということにあてはまらないだろうか。自分を見失っている人は自分を見失っていることには気づかないものだから。自分を見失うというのは、やはりよくないと思う。

まあ、これからは、せっかく伸びてきた芽を大切にしていきたい。そしてその芽をどんどん伸ばしたい。自分の足で歩いていきたい。そして、歩いていく時々で、自分なりの生き方を見つけていきたい。最後に、芽が出ていないことを指摘してくれた先生に感謝したい。

2000.09.16
野原かりん

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