かっとびモデルの私生活 by REY

かっとびモデルの私生活
「モデルになってみたい」そんな思いを抱く女性は多いハズ。REYもそんな一人。甘い考えで憧れの職業にチャレンジ。しかし『こんなはずでは・・・』モデルになるまでのREYの険しく過酷な道のりと私生活。

キーワード:モデル,スカウト,公募,ファッション,オーディション,メイク,ヘアー,スタジオ

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第9回

going my way


化粧品メーカーのお仕事での「劣等感」を感じた私は、早速、行動し始めていた。「ポージング」も多少は覚えた。ただ、「立ち」(立っているポーズ)には自信はまだなかったが。。。

“表へ出る仕事”・・・

私は、それについて毎日考えるようになっていた。

今迄の、「モデルの卵」の仕事から、いつか這い上がらなければ、気が済まない。私はとっても欲張りで、勝気であったが、その要素が、「モデル」となったその頃、激しく頭角を表し始めた。

それまで、どんな小さなお仕事でも、無理がなければ受けてきた。

雑貨屋でのアルバイトの日数も、それに伴いもちろん減っていた。雑貨屋では、私がこれまで「社員」として働いていた1人分の仕事を、アルバイトを1人雇い、“アルバイト2名で1人分の仕事”という形で進められていた。お給料も、もちろん「社員」時代とは比べ物にならない程度になった。「待遇」が雇用保険しかついていないのだ。誰に言われなくても理解している。

モデルと両立していくにあたっては、「最高の環境」だということ。

今迄、頂いていたボーナスはナシ。年金・健康保険証も、自己管理。だが、その雑貨屋で雇ってくれていることに感謝していた気持ちだけは、変わらずあった。本当に感謝していた。

しかし、「モデル」としての自分。実際お仕事をしてみての思い。私の中で、「小さな仕事」、それは世に出ない仕事、という価値観だった。「企業人」にしか見られない仕事、という意味。これについては、賛否両論あると思うが、それが私の価値観なのだ。

それからの私は、「小さな仕事」を断ることを決め、マネージャーにも、その思いを伝えた。当時、私がやりたかったお仕事、単純ではあるが、かなり困難な、「雑誌」のお仕事だった。雑誌は、「一人前のモデル」と認められる、自己確認できる場であった。

それは、10代の頃に載った「日焼けサロンモデル」から、心の底に染み付いていたのだと気付いた。トントン拍子で出来た雑誌での仕事。大なり小なり、「雑誌」に変わりない。

しかし、今度は「プロのモデル」として、雑誌に載りたい。妙に、雑誌の仕事にこだわり続けた。

私は、「スチールモデル」にこだわり続けてきた。「ショーモデル」は、クライアントが採ってくれるような見栄えではないし、「やりたい!」と思う仕事ではなかった。身長だって、「ショーモデル」には程遠い。なので、勝手に「私はスチールモデル用!」と思っていた。

・・・が、マネージャーにも言われた。「雑誌の仕事が取れる確率は、低すぎる」と。確かにそうだと感じた。だからこそやりたい・・・!

モデル事務所も「企業」だ。「派遣会社」という類の企業だ。モデルを遊ばせておくより、小さな仕事でも良いから、常時動いていて欲しいのだ。もちろん、利益のために。が、モデルも人間である。普通のサラリーマンでもない。自由に選択が出来、落ちれば本人の責任。受かれば事務所も本人も万歳。

だからこそ、「選ぶ」ことをしたい。

「小さな仕事」を断り続けていった私は惰性に流されていたのではない。「見極め」ていたつもりだった。

よって、雑貨屋でのアルバイトに出る日が必然と多くなってきた。オーナーには、日々時間の許す限り、自分の考えや方向性を話していった。頼る気持ちではない。勝手な我がままを、寛大に受け止めてくれたことに感謝していたから、それらを報告することが、オーナーへの最低限のマナーだと思っていたから。オーナーも、やはり自分のお店が1番大切だということを私も理解している。

私は、「雑誌」のオーディションの話しが出る日を、ひたすら待ち続けた。

そして、雑貨屋の仕事にも、今迄の甘えの分を取り戻すかのように、もくもくと働いた。社員以上に動いていたと思う。

以前にも書いたが、私は「輸入雑貨」についての勉強をしたいと願い、それが叶わず、こうして店頭にて、「即・実践」をさせてもらっている。モデルになろう!と決めるまでは、自分で輸入雑貨店を開くことが、夢であった。そこで勉強させてもらった数々の知識は「宝」だ。今日までの日々は、ビデオを早送りしているみたいに感じる。

私の父親は、もちろん「モデル」なんて、「泡のような仕事」よりも、現実味のある、輸入雑貨屋を開くことを、はっきりとは言わないが、私に勧めてているのは確かだ。

それは、多少「親のエゴ」であるとも感じていた。私の父親は、自営業だったが、休日になると一緒に色々な雑貨屋を回り、または、お互い趣味であった、油絵を描いたり、「物を創る」ことに生きがいを感じている人だったせいでもあろう。多分、その点は父親の血を受け継いだのであろうが、どうしても「モデル」の仕事には、賛成はしない。

私は、「小さな仕事」を受けなくなってから、初心の初心に戻り、自分の「雑貨屋に対する想い」を考え直す、良いキッカケとなった。

輸入雑貨について、店頭や多少の事務作業や棚卸・・・それだけでは、「真実の輸入雑貨」について、がわからないままだ。それで満足できる自分であれば、どんなに楽であろう、と思う。

だが、好奇心旺盛な私は、もっともっと深い場所まで行って、「自分の目」で、海外から送られてくる雑貨の「居場所」を訪れたくなった。

また、私の中の虫がざわめき出した・・・

2002.01.19

REY


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更新:2008.11.20
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