かっとびモデルの私生活 by REY

かっとびモデルの私生活
「モデルになってみたい」そんな思いを抱く女性は多いハズ。REYもそんな一人。甘い考えで憧れの職業にチャレンジ。しかし『こんなはずでは・・・』モデルになるまでのREYの険しく過酷な道のりと私生活。

キーワード:モデル,スカウト,公募,ファッション,オーディション,メイク,ヘアー,スタジオ

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第12回

事務所の移籍


彼と別れ、「モデルとして」の自分の意思や力を試すために、私は、「雑誌のオーディション」の話しが来るのを、ひたすら待ち続け、日々、雑貨屋での仕事の精を出していた。

これまで、小さな仕事や初めて知る仕事に、興味津々に受けて来たが、モデルになって、はや1年が過ぎようとしていた。だが、“表”に出る仕事の話しは、所属して間もない頃ばかりで終わった。焦っていた、という気持ちが正直なところかも知れない。

このままずっと“表に出ない”モデルでいるのだろうか・・・“表”というのは、直接、人に会う仕事ではなく、「見られる」仕事、のことである。雑誌や、ポスター、パンフレットなど・・・

毎日の生活は、それなりにこなしていたが、気持ちの中での生活の満足度は非常に低かった。

体力的に疲れていても、精神的にはいつも気を張っていて、とてもピリピリしている日々だった。

・・・そういえば・・・ウチの事務所で、○○の雑誌に出た、なんて話しは滅多に聞かない。聞いた事があるなら、例えば、「読者モデル」、「メイクモデル」などだ。

事務所に入りたてのある日、ハーフのモデルが、自分を売り込みに、過去に載った雑誌を持ち込み、のちに「所属」となったことは知っていたが、私なんて・・・「経歴」も「知名度」も全くない、何千、何万といる中の、“いち、モデル”に過ぎない。

「書類選考」の「過去の経歴」の欄があり、クライアントはそれを選抜の一部とし、ある意味、雑誌掲載の経歴が多ければ、一目置くものでもある。モデルそれぞれに、「得意分野」がある。それは、「キャラクター」や「経歴」だ。クライアントが何を要求するのかを考えると、やはり「イメージ」。1度、大手企業広告に使ってもらい、評判が良いと、再び採用してくれる可能性も多々あることだ。それは、TVのCMを観ていても、よく分かる。クライアントが「大手企業」に限って、ではないが、やはり大手企業のオーディションを受けられるモデルにはなりたい。

だが、経歴ばかりにこだわってはいけない。それは言い訳に過ぎないことも分かっている。「雑誌に載った経歴」だって、皆ゼロからの同じスタートを切るわけだ。

そこで、思いついたのは、「やはり自分には、足りないモノがありすぎる」ということだった。「移籍」という形で、入所してきたモデルはやはり仕事の質や内容が違う。もう、「出来上がっているモデル」なのだ。

私なんかは、「現場で覚えたら、ソクセキで出来る仕事」しか、してきてないような気がする。頑張って来たのは間違いない事実。だけど、そこどまりじゃ、意味がない!

「時間」ではなく、「1本いくら」の仕事がしたい。そう思った。ちなみに、金額の問題ではない。仕事の内容についての事なのだが。

ポージングも、ウォーキングもろくに出来なくて、オーディションに出たり仕事をするのは、中途半端な、出来損ないモデルな気がした。いや、間違いない。当時の私は、“なんちゃってモデル”だ。

「レッスンを受けよう!」

私は、“モデルエージェンシー”が載っている一覧の本を取り寄せた。今の事務所では、沢山「現場で覚えていく」ことをさせてもらっていたが、このままでは、何も変わらない。「経歴」も出来ない。プロのモデルとしての、「基礎」を、とにかく身に付けたかったのである。

雑貨屋での仕事を終え、目ぼしいエージェンシーに、まず電話でアポを取り、書類と写真を郵送してくれ、という所もあれば、直接事務所に来てくれ、という所もあり、本当に様々だった。深夜まで、履歴書を書いたり、送る写真を選ぶ毎日になった。

実際、足を運んだ事務所は、軽く10社はあっただろう。自分との雰囲気や相性が合う事務所を探していた。第一条件としては、ポージングとウォーキングのレッスンがある事務所に的を絞って、かつ、「雑誌関係」に強そうな事務所を吟味した。「強そう」、というのは雑誌で活躍しているモデルが所属しているか、どうかを、聞かせて頂いた。もちろん、雑誌以外での仕事も大半を占めるのだが。書類審査を含めると、もっと多くの数の事務所と連絡を取り合ったが、殆どが、「所属」を許可してくれた。

が、そこで喜んではいられない。

問題なのは、「自分と相性の合う事務所」だということだった。

足を運んだ中で、私が1番気に入った事務所・・・今や、知らない人が居ないと100%言える程の大女優になてしまったが、その頃、特に雑誌でイケていたモデルが所属する事務所だった。他にも、しっかり事務所のホワイトボードには、所属するモデルが載っている雑誌名、出演しているCM名も、切り抜きやコンポジットと一緒に貼られていた。

私はその真実味があり、アットホームな事務所の雰囲気に惹かれ、即決した。

事務所と契約を交わすのも、2度目だ。なるべくなら、「移籍」は繰り返したくない。だからこそ、真剣に色々な事務所を回り、自分の目で確かめた。

レッスン内容は、もちろんのことウォーキング、日舞や発声、演技など。意外にも、私は「日舞」に興味を持った。

・・・今在籍している事務所には、不思議と未練はなかった。「冷たい」と思われるかも知れないが、自分を向上させていくには、限りなく、自分がやりたい分野で、場所で活躍できなければ、この、少し特殊なお仕事、「モデル」として、中途半端になってしまうから。

この事務所にも、次々と「新人」や「移籍モデル」が入所し、退属し、日々、動いているものだ。

自分の人生の方向は、自分で決めたい。他人に迷惑さえ、掛けていなければ。。。

私は、「プロ・モデル」を目指すべく、1からのスタート地点に再び着いた。今度は、「卵」の殻を割る番だ。


私は、その月いっぱいで、事務所を「移籍」することを決めた。

「善は急げ!」というか、走る足が止まらない・・・!

2002.02.09

REY


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更新:2008.11.20
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