かっとびモデルの私生活 by REY

かっとびモデルの私生活
「モデルになってみたい」そんな思いを抱く女性は多いハズ。REYもそんな一人。甘い考えで憧れの職業にチャレンジ。しかし『こんなはずでは・・・』モデルになるまでのREYの険しく過酷な道のりと私生活。

キーワード:モデル,スカウト,公募,ファッション,オーディション,メイク,ヘアー,スタジオ

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第16回

オペの日


「好きなCDを持って来ていいよ」

オペの前日、私の主治医はそう言った。

私のオペは、「心臓手術」にも関らず、全身麻酔ではなく、「局所麻酔」であったから、オペ中なるべくリラックスするために、と。

私は実家の父親へ電話をし、大好きな「レゲエ」と「R&B」のCD2枚を持って来てもらうよう、お願いした。

私は検査の迄の1週間で、沢山の「患者友達」ができていた。皆、それぞれな大病を患っているにも関らず、喋れる患者は元気だ。

「今日は○○の検査があるの」。楽しみな顔をして言う。“入院生活”は、何気に「暇」だ。従って、検査がある日は暇しのぎになる。学生の仕事は「勉強」。患者の仕事は、おとなしく「眠る」ことらしい・・・「私はおとといオペしたばかりで・・」車椅子に乗って、“皆の広場”のような場所で、まるで自慢気にオペの一部始終を話したりする。それを聞くのも、皆の唯一の楽しみでもあった。

同じ痛みを持つ者同士は、やはり意気が合う。

私のオペも、とうとう明日だ。以前に同じオペをした事がある患者に、メスを動脈に入れた途端、血が吹き出て止まらなかった、と笑えない冗談も言われたりした。。。

「明日は○時に起床して、オペの準備をします。」と看護婦に説明された。

翌日、朝食抜きで、ストレッチャーに乗せられ、オペ室まで運ばれた。「皆の広場」には、患者友達から、「REY頑張れよ〜!」と数人の声が聞こえた。点滴やら、血圧計など色々な物を取り付けられた私は身動き出来ず、声だけで元気良く「行ってきま〜す!」と行ってエレベターに乗った。

鉄のような扉を開けられ、「REY、オペ室」ご入場〜〜!

とうとうこの時が来た。全身にシートをかぶせられ、何も見えない状態にされ、オペが始まった。一体、何人の医者・学生が居るのだろうと思うくらいの声が沢山聞こえる。

同じ曲を何度聴いただろう、と思う位に長いオペに感じた。途中で麻酔は切れてきて、管を通した3ヶ所の切り口が、痛い痛い。「せんせーーい、麻酔打ってくださぁ〜〜い!痛いですーー!」そんなこんなで、オペは進んだ。

心臓まで達した管の先で、心臓にある「不要物」を焼くカウントが始まる。「痛かったら、無理しないで、言ってくださいよ!」私は、繰り返される「不要物焼き」が痛くて仕方なかったが、我慢した。“今取ってもらわなきゃ!”という気持ちだった。

医者同士でやり取りしている特殊な言葉を使った会話の内容を知りたかった。「上手く行ってる?」そう聞きたい気分だった。

それにしても痛い。シートの中で、涙が出て来た。脂汗と共に、顔がぐっちゃになっていた。早く終わって!そう思う反面、「これ以上無理」と判定されるギリギリまで不要物を焼いてしまって!そんな気持ちが混ざりながらも、さすがに体力と気力の限界が近づいて来た頃、「オペ」は終わった。

シートがやっとはがされ、医者が止血作業をしようとしたが、止まらない。左足の血が止まらなくて、ちぎれそうな痛さを感じた。のちに、その左足は「内出血」し、左の太ももから膝にかけて真っ赤に足が染まっている。

「これはいつか取れるからね」。医者は言う。

あぁ、終わった。時計を見たら、およそ4時間にわたるオペだった。それよりも、随分長い時間に感じた。

医者との会話を、多少交わした。私の様子を見ているのだ。疲れてはいたが、オペが終わった安堵感で、私は笑顔だった。

処置が終わり、またストレッチャーに乗せられエレベーターへと向かう。「これからICUか・・・」そう考えていると、チーンとエレベーターの扉が開いた。

見慣れた風景。私は、ICUに入る筈だったのだが、そのままいつもの病室へと運ばれた。いつ、“ICU”に入るのだろう・・・そう思っていると、両親が突然、病室に現れた。

どうやら、かなり順調にオペが終わりICUは必要ないと判断されたようだ。

普通は、そんな時、親の顔を見てホッとするものなのだろうが、側で、心配されているのが、うざく感じた。何故か複雑な気持ちだったのだ。私の心境について、両親も話し合っただろうことが、すぐに分かった。2人共、雰囲気が悪く、お互いに対し、喧嘩越しな態度だった。

呆れてしまった。親も人間なんだなぁ・・と、冷静に感じた。

「とにかく大丈夫だから帰っていいよ、ありがとう」そう言って両親を促し、病室から出て行ってもらった。

その日、私はICUに入らない代わりに、「絶対安静、最低24時間!」と看護婦に言われた。

少しの間、おとなしくしていたが、夕方になってから、いてもたってもいられなくなり、ナースコールを押した。駆けつけた看護婦に、「歩いていいですか?」と聞いた。「無理ですよーーー。」「じゃあ、先生呼んでください。」かなりの我がままを言ってしまったが、歩いてみたかった。必死で先生を説得し、トイレまでの距離の歩行を許してもらった。

「途中で無理をしたら、切り口が開いて、また血が止まらなくなるよ!」そう言われ、慎重に1歩ずつ壁の手すりをシッカリ握り、歩いてみた。まだ、麻酔で痛みは少ないが、「歩けた」ことに感動し、うつむきながら慎重に歩いていた私が、顔を上げ前方を見た。

そこには、腕を組んで、少し微笑んだ父が立っていた。

突然、涙が溢れ出した。

「良かったな」一言だけ言い残して、父は帰って行った。

後から知った話だったが、父はオペ後、母を自宅まで送り、また病院へと1人で戻り、病室をたまに覗き込んだり、チョロチョロしながら、「今日はREYが歩くまで、帰らない」、そう決めていたそうだ。

心配性な父。やっと終わったオペ。

1番気になる私のオペの結果は、「95%の完治」だった。

しかし、残念だったこと・・・病室へ戻った私は、仲良くしてくれていた近くの部屋のオジサンの部屋の入り口から、ネームプレートが消えていた。部屋の中も、もぬけのから。私に、毛糸で“ふくろう”を作ってプレゼントしてくれた、優しく、ムードメーカー的なオジサンだった。

何とも言えない気持ちになり、また涙が溢れてきた。

そんな気持ちとは裏腹に、次に入る患者のための準備が進められていた。

2002.03.09

REY


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更新:2008.11.20
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