読むドラマ -沢木まひろ-

くつろぎのひとときに、沢木まひろがお届けする『読むドラマ』をどうぞ! 笑える話。ちょっと切ない恋のエピソード。そして背筋の凍るホラー系。ひとつのストーリーを4回完結でお送りします。

沢木まひろ

現代メロンパン考

日々つれづれ思ふ事

読むドラマ

雑文の女王


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読むドラマ

2003.2月のヨムドラ
◆至上の恋

-1-腐れ縁

-2-気の毒な人

-3-気の毒な人Part2

-4-君しだい

2003.1月のヨムドラ
◆モーニング・ミルク

-1-雪の精

-2-情けない話

-3-Who are you ?

-4-愛シテル

2002.12月のヨムドラ
◆オーサカ・エンジェル

-1-運命の人

-2-大盤ぶるまい

-3-トラ女

-4-空に舞う白

2002.11月のヨムドラ
◆あなたに似た人

-1-少年

-2-悪夢

-3-常緑樹

-4-しあわせな結末

2002.10月のヨムドラ
◆フラジール

-1-ナンバー・ワン

-2-ビーズの午後

-3-

-4-

2002.9月のヨムドラ
◆ラプソディ

-1-片づかない女

-2-満ち潮

-3-九月の向日葵

-4-さかいめ

2002.8月のヨムドラ
◆二十歳の原石

-1-美女と野獣

-2-事故

-3-失望

-4-主演女優

2002.7月のヨムドラ
◆祭りの夜に

-1-妻の家

-2-アプローチ

-3-それぞれの才能

-4-家路

2002.6月のヨムドラ
◆いつも、こんなふうに

-1-深窓の佳人

-2-リハビリ

-3-不幸

-4-運命

2002.5月のヨムドラ
◆再会の時

-1-ランデヴー

-2-雨の夜

-3-彼の部屋

-4-約束

2002.4月のヨムドラ
◆縁は異なもの

-1-兄弟(きょうだい)

-2-歩く女

-3-影武者の逆襲

-4-ハッピー・エンド

2002.3月のヨムドラ
◆やさしい雨

-1-白い少女

-2-猫の恩返し

-3-惑い

-4-やさしい雨

2002.2月のヨムドラ
◆春の雪

-1-予感

-2-ゆれる想い

-3-

-4-恋する女

2002.1月のヨムドラ
◆モーニング・ジュエリー

-1-美しい女(ひと)

-2-使者

-3-形見分け

-4-告白

2001.12月のヨムドラ
◆ブルー・クリスマス

-1-空腹

-2-雪女

-3-かなしいストロベリー

-4-永い恋

2001.11月のヨムドラ
◆素敵な嘘

-4-初体験(完)
-3-料理の達人
-2-ヤな女
-1-珍客
◆読み切り特別編
百年の孤独(2002.12月)
9・11(2002.9月)
マリッジ・ブルー?(2002.6月)
カラスの惑星(2002.3月)
おかえり。(2001.12月)

ラプソディ

2.満ち潮


喫茶店の扉を押して入ってゆくと、夫は一番奥の席に座っていた。
彼は時間に正確だが、杏子はよく遅れる。今日も約束の7時を15
分ほど過ぎている。間に合わない時刻に出ているつもりはないのに、
なぜだかいつも遅れてしまうのだ。

「ごめんなさい」杏子は夫の前に座る。夫が小さなため息をつく。
テーブルの上のコーヒーが半分に減っていて、杏子は心の中で肩を
すくめる。夫も遅れてくればいいのだ、いいかげんこっちの習性を
のみこんでくれてもよさそうなものなのに。

ミルクティーを注文するのを待ちかねるように、夫が隠しから封筒
を出した。『世田谷区役所』の文字が見え、杏子は目をそらした。
「できるだけのことはするよ」夫は簡潔に言った。
「勝手なこと言ってるのは俺のほうだし」

まったくその通りだ。杏子は夫のネクタイを‐見憶えのない柄だ‐
ながめる。潔癖性の男。だらしない女。おたがい承知の上で一緒に
なったはずなのに。最初からうまくいかない二人だったのだ。

「やりなおせないの?」
なのに杏子はそう言ってしまう。一度は自分を愛していると言って
くれた男。ひと目で好きになった美しい手や、締まりのいい清潔な
唇を見ると、どうしてもそう言ってしまう。
「掃除ちゃんとする。あなたが帰ってくるまでに、ご飯ができてる
ようにするから」 

「できないでしょ」夫はやさしく、断定的に言った。

杏子は俯き、自分の手を見つめる。夫よりも男っぽい、骨張った指。
白魚のような手でピアノは弾けない。わかっていてもずっと、杏子
は自分の手が嫌いだった。

ふいに桐原和也のまなざしがよみがえった。昨日、レッスンの最中、
和也は何度か杏子の手をじっとみた。そのたび杏子は頬が熱かった。
ごつごつの手に、瑕だらけの結婚指輪。あんな若い和也に、それら
はどんなにか生活感にまみれて映ったことだろう。でも彼は言った
のだ。帰る間際、長い睫毛をふせながら。
「先生の手って、ギリシャの彫刻みたいだね」

あたしは夫を愛しているだろうか。杏子はテーブル越しに、すでに
指輪をしていない男の手を、今いちど眺める。即答。ノーだ。そこ
に愛などない、あるのは心細さと、ささやかな自尊心だけだ。

夫の携帯が鳴った。新しい機種だった。夫は何の配慮もなく、ただ
楽しげに喋りはじめる。胸の中は砂漠のように静かで、杏子は再度
"そこに愛などない"ことを確認する。

テーブルに置かれた封筒をそっと引き寄せると、夫はそれを了解の
合図と受け取ったらしかった。電話を耳にあてたまま立ち上がり、
喋りつづけながら5千円札を置き、振り返りもせずに出ていった。

…杏子のことを醜いという人はいない。家の中では蓬々と乱れ放題
の髪は、外出時にはぴっちりとゴムでまとめられ、最小限の化粧を
施した白い顔に、縁なしの眼鏡がかかっている。そしておそろしく
無表情である。そのおかげで彼女は、よく言えば沈着冷静な‐悪く
言えば鈍重な‐女と思われることが多い。だから離婚話に打ちひし
がれていても、表向きは何もないように見えた。

「何かあったんですか?」だが桐原和也は、翌週のレッスンで杏子
の顔を見たとたんに言った。
「どうして?」
「寝てないように見えるから」
「…」
「もしかして、ふつか酔い? …あたりでしょ」

たしかに午前3時までウイスキーをのんでいた。でも杏子の皮膚は
強靱で、多少の寝不足や栄養不良に影響されることはない。杏子は
両の手で自分の頬をはさんでみた。荒れないかわりにハリもない、
冷えきった薄い肌。

唐突に涙が出た。

決壊という言葉がふさわしいように、止まらなくなった。たしかな
理由は見つからない。ひたすら情けないだけだった。

目を見開いたまま頬を濡らし、ただ震えているだけの杏子を、和也
はしばらくはなすすべもなく見つめていた。やがて決心したように
椅子を立つと、そっと頭を抱いて引き寄せた。

「がんばらないほうがいいよ」彼が言った。

杏子はようやく声をあげて泣いた。悲しみに慣れない幼子のような、
世にも不器用な泣き声だった。

→ 第3回へつづく →
 

沢木まひろ


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更新:2008.11.20
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