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素敵な嘘
1. 珍客
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土曜日の朝は、洗濯をすることに決めている。
寮のランドリールームがいちばん空いている時間帯だからだ。授業
のほとんどない土曜日、学生の朝は遅い。
でもその日は、ちょっと様子が違った。いつものように1週間ぶん
の衣類を抱えてランドリールームを訪れると、だれもいない室内で
1台きりの乾燥機が孤独な音をたてていた。
僕の洗濯が終わり、乾燥機が止まっても、先客は現れなかった。
少し迷ってから、乾燥機の扉を開けた。大量の衣類があふれだし、
あわてて受け止めた僕は、自分が何気なくつかんだものを見て頭の
中がまっしろになった。
女物のパンティだった。
しかも黒いレースのスケスケに透けたデザインだった。僕はそんな
ものを手にするどころか、至近距離で見るのさえ初めてだった。
あまりの事態にフリーズしていると、背後から声がした。
「おー、悪い悪い」
現場をおさえられた下着泥棒のように、僕はパンティーを乾燥機の
中へ押し戻した。
声の主は、友人の森島だった。
「オレんだよ。今片すから」彼は言った。
パンティーだけではなかった。そろいの黒いブラジャーや、足首の
ところにハート型のラメ飾りが入ったストッキング(なんて詳細に
見ているのだ僕は!?)…森島はまるで臆する様子もなく、そんな
品々のしわを伸ばしてたたみ、持参の袋にしまった。
「彼女来てんの?」
僕の問いに、仲間うちでもとくに女性にモテる森島は、少し照れた
ような、素晴らしくチャーミングな笑顔を浮かべてみせた。
〜*〜*〜*〜*〜
女人禁制なんて規則は、この男子寮では建前にすぎない。
何せここの管理人ときたら、70は間違いなく越えているお爺さん
一人きりなのだ。門限が夜10時なのに9時には完全に眠っている。
設備がやや老朽化していることにさえ目を瞑れば、学生にとっては
パラダイスのような環境なのである。
「柏木って、もしかして女嫌い?」
大学に入って数か月たったころ、森島に訊かれたことがある。
僕は19歳の今日まで、まともに女の子と付き合った経験がない。
当然、部屋に連れ込んだこともない。森島のような男からみれば、
僕の生活は荒れ果てた砂漠みたいに思えるのだろう。
〜*〜*〜*〜*〜
部屋に戻って洗濯物を片づけていると、突然あわただしいノックの
音とともに、緊迫した森島の呼び声が聞こえた。
ドアを開けるや否や、香水の匂いがした。
次の瞬間、髪の長い女の子が部屋の中に押し込まれていた。そして
血の気を失った森島が、僕に向かって合掌していた。
「1時間…いや、30分でいい!」彼は言った。
僕は女の子を見た。彼女はめまいのしそうなミニスカートをはいて
いた。すらりとした足首のハート型のラメ飾りが、まっさきに目に
飛び込んできた。
「何なんだよ?」やっとのことで、僕は言った。
「オフクロが来るんだ」森島は真剣に冷や汗をかいていた。
「急に電話かかってきて…今、下のロビーにいるって」
女の子が小さなためいきをついた。顔を見ると、彼女はまっすぐな
栗色の髪を、とてもだるそうにかき上げた。
「とにかく頼む」
「オイ!」
「すぐ帰らすようにするから。じゃ!」
そう言って森島は、バンとドアを閉めた。
僕は呆然と突っ立っていた。
「ねえ」
眠そうな声に振り向くと、女の子はすでに腰かけていた。僕の気に
入りの椅子に、勝手に。あっけにとられた。
「水くれない? よーく冷えたやつ」
彼女はそう言って、脚を組んだ。
「あたし、すっごいふつか酔いなの」
→ 第2回へつづく → |
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◆沢木まひろ
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創刊:2001.11.03 |
訪問者数: 人 |
更新:2008.11.20 |
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