特別養護老人ホームの実態(16)

老人ホームの裏事情Part3

老人ホームのイメージとは?和気藹々な老人たち。暗い病院のような所。夜な夜な徘徊するイメージ。じつは老人ホームにはこんな実態があるんです。老人ホームに渦巻く諸事情を辻本ゆめのがばっさり斬ります。

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最終更新日:2013.06.06

創刊:2005.07.20

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第27回

特別養護老人ホームの実態(16)

〜戦争とタブーその3〜

(軍人であったおじいちゃまたち)

立春を迎えたのに、ますます外は寒さが増してくるように感じる今日此の頃である。筆者は、「男たちの大和」という映画を見に行って結構うるるんの感動をして来た。

中村獅童と反町隆史あたりがかなりかっこいい役を演じている。長嶋一茂が言った「死に方用意!」という台詞が頭の中でまだ連呼している状態である。場面は片道分の燃料と食料とを積んで戦艦大和は米軍上陸目前の沖縄に向かう最後の航海に出たところから始まる。船上で下士官役の長嶋一茂が若い、あどけない少年水兵たちの直立不動に立ち並ぶ前で一言、いうのである。或る者は、故郷の母を慕い涙し、或る者は恋人の手作りお守りを握り締め、或る者は子供の写真を胸に抱き寄せてという細切れのシーンが続く。神風特攻隊の出陣に等しく、大日本帝国海軍が誇る最後の軍艦大和の出撃は正しく無謀であり、勝算のない旅立ちであった。

第二次世界大戦前、職業軍人養成校として名高かったのは陸軍幼年学校から陸軍士官学校に進むコースであった。陸軍幼年学校は明治1870年(明治3年)に創設された陸軍幼年学舎をもととして、陸軍幼年学校令が制定されたのは1918年(大正7年)のことであり、日本国内に軍国主義と軍部台頭が君臨するようになって行った軌跡そのものに歴史的には沿っている。

幼年学校は、東京にあった中央学校が14歳から2年間の就学年数であった。他に仙台、名古屋、大阪、広島、熊本に地方学校があった。定員は各校約50名と極めて少数であった。職業軍人でも将校クラス以上の幹部候補生の養成機関であり、続く陸軍士官学校(就学年数は通常16歳から2年)を卒業すると、そのまま少尉に任官することができた。

一方、徴兵制によるいわゆる少尉という地位は会社組織でいうなら、係長クラスからスタートということになる。つまり、最少18歳の管理職が存在しえたわけである。徴兵制は19歳の男子の徴兵検査を意味しているから、もともと民間人で兵役に入る場合20歳で入営すると二等卒となり、1年で一等卒に昇級する。

軍隊の階級を簡単に解説すると、兵卒と言われるのが一等卒、上等兵、その上に下士(伍長、軍曹、曹長)、准士官(特務曹長、少尉補、准尉)、尉官(少尉、中尉、大尉)、佐官(少佐、中佐、准将)、将官(少将、中将、大将、元帥、大元帥)となる。いきなり少尉というのはいかにエリートであるかがわかるであろう。

また職業軍人というのは社会的身分も高く、民間人のおよそ2〜3倍を超える金額が保障されており、待遇もずば抜けていた。今でいう国家公務員上級の官庁候補生にも匹敵するように思う。(注釈:厳密には高等文官試験が近いが)今の東京大学医学部に入るのと同じくらいの難関であった。授業料も成績優秀な者には奨学金が豊富に出されていた。そのため貧しい山村や子沢山の貧乏世帯に生まれた頭脳明晰な青少年は陸軍幼年学校から陸軍士官学校に行くのが最大の親孝行であり、地域の名士、誉れであったと言えた。

ここまで軍人について予備知識を持っていただきたかったのは、前回予告の元少尉殿の背景をどうしてもあらかじめ理解しておいていただきたかったからである。前置きで、今回はもう原稿の終盤に入ってしまった。

痴呆棟では今日も日の出前から白い壁を背にE元軍曹殿は多くの幻の兵卒たちが朝の点呼をとっている。のらくろという漫画があるが、正にその階級社会がこのS苑にて架空の世界ながら存在していた。E元軍曹は杖をつきながら幻の兵卒の声を復唱していた。独り言に聞こえないのがかえって不気味に思える時もあった。

「軍曹殿、お食事の用意が整いました。少尉殿にお持ちして宜しいでしょうか」「じぶんが少尉殿をお呼びしてまいるから、それからお持ちしろ。」「はぁっ!!」

杖を小脇に抱えて、床を一回ポンと鳴らし壁に向かって敬礼した。さて、これは軍隊ごっこ遊びではない。Eさんにとっては未だ70年前の現実の世界が軍隊なのである。痴呆棟の食堂のテーブルは軍隊の食堂であるらしい。椅子の後を少しでも職員がガタガタと走ろうものならEさんは「無礼者、貴様の名は?所属班は?!」と思いっきり怒鳴られる。

90歳近くになっても背筋がしゃっきと伸びているEさんは丸刈りの獣を追うような鋭い目つきの方であった。Eさんは志願兵から軍曹まで昇進を遂げた、当時で言えば成り上がりながら出世頭ということになるから、本当に厳格な人柄で、礼儀正しい人だった。この方が尊敬、忠孝を尽くした御仁がK元少尉どのであった。さて、元少尉殿と元軍曹殿はどんな出会いがあり、青春を送って来たのかが次回の話である。K元少尉殿はEさんの心の中に今なお生き続けている憧れの青年士官だった。

2006.02.09
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辻本ゆめの

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