特別養護老人ホームの実態(18)

老人ホームの裏事情Part3

老人ホームのイメージとは?和気藹々な老人たち。暗い病院のような所。夜な夜な徘徊するイメージ。じつは老人ホームにはこんな実態があるんです。老人ホームに渦巻く諸事情を辻本ゆめのがばっさり斬ります。

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最終更新日:2013.06.06

創刊:2005.07.20

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第29回

特別養護老人ホームの実態(18)

〜戦争とタブーその5〜

(E元軍曹とK元少尉の出会い)

前回の最後の文章がE元軍曹は兵卒で、陸軍幼年学校から陸軍士官学校を卒業したのは、K元少尉であり、接続詞を間違えたままにしたので、逆に読み取れてしまう形になってしまい、申し訳ない、紙上をお借りしてお詫びします。

E元軍曹がK元少尉にあったのは、K少尉が陸軍士官学校を卒業してはじめて現場に配属されてきた日の出迎えの門のところであったらしい。三重県の津市の陸軍歩兵連隊第*部隊のA駐屯地の門は今でいう横須賀米軍基地の入り口ほどりっぱなものではなかったが、門からは立派な銀杏並木が延々と続く、壮大なもので、門から本館までが歩いて10分はかかった。

当時兵卒では一番身分が高い陸軍兵長に昇進していたEさんが最初にKさんと顔を合わせたのは、本館の玄関口であった。こげ茶色の皮のトランクに長い軍服のコート、尉官である星が入った帽子を被って黒塗りの自動車の後部座席からゆっくり降り立ったK少尉は、まだあどけない少年臭さが初々しい青年将校であった。

真新しい白い手袋をはずしながら、「H准尉どのの執務室はどちらか?お教え願いたいのですが。」と穏やかな声を出して、たまたまとおりかかったE兵長に声をかけて来た。「こいつ、かっこつけた、青二才が。偉そうに。無礼に。」というのがEさんの最初のKさんに対する印象だった。尉官の星をあまり見たことがなかったEさんはなまりのない東京言葉を話すKさんがかなり生意気にみえたらしい。

「お客人とおみかけしたが、お名前と所属を名乗られるがまずは礼儀と申しもの。してH准尉どのにどのようなご用件か?」きわめて高圧的にEさんは尋ねた。「ああ、それはたいへん失礼しました。私は*と申します。本日、こちらの連隊に赴任してまいりました。よろしくご案内ください。」軍人とは思えないほど、柔らかな気品を持っての声だった。

「それから、1時間後に駐屯地全体の兵隊が運動場に召集され、連隊長であるH中尉が壇上に立ったんだ。さっきの若ぞうを横に立たせてな。」「一同、准尉どのに敬礼!」という厳かな声が響き渡った。「今日はこの歩兵連隊第*部隊に新しい連隊長として就任されたK少尉どのだ。K少尉どのは、東京の陸軍幼年学校、士官学校を優秀な成績でご卒業後、お母上の故郷である三重県津市にお戻りになり、わが津市が誇る歩兵連隊の連隊長に着任された。くれぐれも粗相のないよう、K少尉どのに忠義を尽くして、連帯の名誉のためにより頑張ってもらいたい。」

それまで連隊長を務めていたH准尉は、その当時すでに50代の白髪の丸刈りに髭をはやした150センチぐらいのいかにも日本男児という感じのいかつい背格好であった。隣に並んだ、軍服の真新しい袖の金ボタンがきらきら光る、K少尉は、長身でやせており、色が透き通るように白くてまるで女性のように妖艶だったとEさんは語る。

さきほどのあの生意気な若ぞうが連隊長殿だと?と誰もが心の底で思ったに違いない。第一、東京の士官学校まで出ていて、なんで、こんな田舎の一連隊に飛ばされてきたんだと誰が腹の中で不審がっていた。陸軍士官学校卒は、卒業時から将校である。兵隊が叩き上げた無学歴将校とはそもそも異なる。また将校というものは、一生、その身を陸軍に捧げたことになり、死ぬか、定年になるか、陸軍が辞めろという言わないかぎりは軍務に服するものであった。

ちなみに下士官から将校になる制度は「少尉候補者制度」といったが、超人的な刻苦勉学に加えて人格円満、まじめ一筋、職務第一の、人類の良き見本のような人物でない限りは、兵隊から将校にはなれなかった。陸軍士官(注:下士官以上を幹部といった)の場合、すべての人事権は陸軍大臣がにぎっていた。なぜK少尉が僻地も僻地の三重県の一連隊に赴任していかなければならなかったかは周囲の大きな疑問ではあった。

Eさんには自分よりかなり若い、しかもみるからに華奢なお坊ちゃまのもとで職務につくのかと思うとひどく情けない気持ちになったと初めてのKさんとの出会いの場面を懐かしむように語った。歩兵は75センチ間隔で小銃(注:4キロ近くある)を肩に歩く。小休止も含めて1時間に4キロが平均の歩行速度であったと言われている。

強行軍となると、1時間6キロにもなった。手ぶらで走っているのではない。歩兵の装備品は完全武装で約30キロであり、Kさんが前線に行って連隊の指揮を取るにしてもどうみても現実的な感じがしなかったのは極めて当然のことであった。ふつうは、歩兵砲や重機関銃のような重量物は馬が担う。しかしその馬さえも行けぬところに日本陸軍は進出した。したがってその荷物は人が背負わなければならない。

H准尉は、栄転で少尉に昇進して津市を去っていった。Eさんは数ヵ月後にKさんと外地、フィリピンの前線に旅立つことになるとはこの時思いもしなかったのであった。「将校さんが前線に直接中隊長という立場ながら出かけるっていうこと事体が本当に珍しかったんだ。」Eさんは、厳しい軍隊の規律の中に実力一本で出世してきたいわば、現場たたき上げの兵卒であったからとりわけ若きプリンスKさんは近寄りがたい、不可解な、やっかいな荷物に他ならなかった。

次回は外地でのEさんとKさんの魂を生涯寄りそう事になる事件を取り上げ、Eさんの心の世界の戦争のもたらした意味を書いてみたい。どうぞお楽しみに。

2006.02.27
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辻本ゆめの

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